歴史ある武家屋敷と桜並木が美しい「みちのくの小京都」。イベント情報やグルメ、宿泊施設など、角館町が育む多彩な魅力をご案内いたします。
角館町観光協会ブログ
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2006年9月

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(外町 各町内 18台)

外町 18町内で9月7日〜9日に行われる「角館のお祭り」
の為の「曳山こしゃ」(曳山造り)が始まっております。

8月20日の曳山出し、27日と9月3日の曳山こしゃ、5日の人形付けと
「曳山こしゃが」続き、6日の「前夜祭」、
そして7日いよいよ待ちに待ったお祭りの始まりです。

20日の「曳山出し」
曳山小屋から曳山を出して「曳山造りの場所」まで移動し、
綺麗に磨きをかけ「はどめ」他装備の点検、等を行います。

27日の「曳山こしゃ」
写真のように「もっこ」という山に見立てた部分を造ります。
長木で基本形を造りそれに割竹で形を整え紐で結んでいき、
その上に黒木綿をかけ黒い糸で縫い、あちこち糸で留めて行きます。
この「もっこ」は各丁内にそれぞれ流れがあり形が違う造りになっています。

27日の「曳山こしゃ」
写真のように「欄干(らんかん)」に紅白を巻き、
他様々な飾り付けを進めて行きます。人形自作の町内はこの日に
人形取り付けまで進めているようです。

「曳山こしゃ」の前、曳山に曳山の統括責任を担う「責任者」を決める総会から
「わげしゅ」(若い衆)のお祭りは始まっており、
更に「曳山こしゃ」そして終了後その都度行われる
「あせながし」(反省会)が繰り返され「わげしゅ」の連携が強まり、
お祭りへの気持ちを昂揚させていきます。

前回紹介した「神明社清祓い」「置山造り」「人形師」そして本日の「曳山のわげしゅ」
それから「お祭り実行委員会」「当番丁内」「警察」「囃子方」「踊り方」
「町内の飾り付け」「神明社」「薬師堂」「張番」「えのしまつ」(各家の準備)他
と準備が続き、「老若男女」万事整いお祭りが始まります。

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(内町 表町上丁 平福記念美術館)

内町 表町上丁 平福記念美術館前の回廊です。

和洋折衷の素敵な景色が訪れる者を引きつけます。
建設した当初は、西洋風の建物と武家屋敷という和風の場所が、
上手く融合しなく違和感を感じましたが、
20年の歳月で美術館が上手くこの巨樹の庭、武家屋敷に
とけ込み、素晴らしい空間を創り出しました。
「歴史が創り出す」とはこの様なことも言うのですね。
9月1日から平福穂庵の屏風を中心に「障屏展」
が企画されております。
 
平福記念美術館は国立能楽堂、法政大学などの設計で有名な「大江宏」氏
の設計の基、昭和63年4月29日に開館し、
館名は、角館町出身で近代日本画の巨匠といわれる
平福穂庵・百穂父子に由来しているそうです。

『平福 穂庵(ひらふく すいあん) (1844〜1890)
角館町に生まれる。父文浪から絵を習う。16歳の時京都に遊学。
明治13年第3回秋田県博覧会に「乞食(こじき)」を出品、1等を受賞し注目される。
明治23年には第3回内国博覧会で「乳虎(にゅうこ)」が妙技2等賞を受け、
中央画壇で確固たる地位を築く。』
 
『平福 百穂(ひらふく ひゃくすい) (1877〜1933)
角館町横町に生まれる。穂庵の第4子。
川端玉章に学ぶ傍ら、日本美術学校日本画科選科を卒業。
絵画における自然主義、写実主義を主唱。
大正6年「豫譲(よじょう)」が文展特選。帝国美術院会員。東京美校教授。
アララギ派の歌人でも知られ、歌集「寒竹(かんちく)」がある。』

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(外町 下新町 安藤家)

外町 下新町 安藤家自費製作の置山が完成しました。

江戸時代からの古道に家並みが続き、そこに安藤家煉瓦造りの蔵があり、
向かいは旧家の太田家、
この素晴らしい場所に相応しい素敵な置山が出来上がりました。
人形の場面と、置山の位置との関係から、
写真で全てを表現することが出来ない為にこの写真になりました。
実際に見ると、その迫力が伝わってきますので、
ぜひ皆様訪れてご覧になって下さい。
「広目屋」の人形は下で見るのと、曳山、置山に上がった時に見る差が大きく、
上がったときには人形が一段と映え、生きてきます。

外題「源平屋島の戦い 扇の的(げんぺいやしまのたたかい おうぎのまと)」
右上が「源義経(みなもとのよしつね)」で「広目屋」の中の首では一番に義経に相応しい
首(桐の木を彫って顔を作る)と言うことです。
その下で馬に乗り今にも矢を射らんとしているのが「那須与一(なすのよいち)」
左の渡りで小舟に乗り扇の側にいるのが「能子(よしこ)」こと平能子、
その隣で櫂(かい)をこいでいるのが「平家の郎党(へいけのろうとう)」
この郎党の顔が又素晴らしく良く、この場面を盛り上げています。
人形師「広目屋」の「小林礼三氏」によると、今回のこの置山の場面は
今まで製作した全ての作品のベスト10の中にはいる傑作との事です。

皆様、是非訪れて見て下さい。

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(外町 田町上丁 西宮家)

外町 田町上丁 西宮家 前蔵横の扉です。
8月14日のブログ「蔵の扉」で紹介した
蔵の扉戸っ手の部分ですが、
西宮家前蔵横は燕(つばめ)で、
とても可愛い鏝絵(こてえ)になっています。

燕と言えば、民家の軒先など人が住むにぎやかな場所に巣を作りますが、
これはヒナや卵を狙う天敵であるカラスやスズメが
近寄らないためだと考えられているそうです。
更に害虫を捕食するため、益鳥として大切に扱われてきた為に、
燕が巣を組む事が「その家に良いことがある」「幸せをもたらす」
と言われてきたそうです。
江戸時代にはツバメの糞は、
雑草の駆除に役立つとも考えられていたそうです。

このような意味で西宮家のように蔵の鏝絵に
燕を付けることは、
「その蔵に幸運をもたらす」とのことで、
付けられたのではないでしょうか。

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(小倉通り 角館きがた)
 
小倉通り「角館きがた」の工房です。

8月28日のブログ「担木(たぎ)」で紹介した、
駅前置山の人形と同じ人形師「角館きがた」の作品です。
1971年創業、人形を作りだして30年、
初代人形師が社長の文峰、二代目人形師は文励です。
写真は二代目「文励」の作品で、
18台の曳山の一つ「西部若者」に飾られる人形で、
外題は「源平盛衰記 摂州大物浦 (げんぺいせいすいき せっしゅうだいもつうら)
平知盛(たいらのとももり)です。
人形に目が入っておりませんが、
曳山に飾った時に初めて魂を入れる意味で目を入れます。

「西勝楽町若者」が初代人形師「文峰」が制作して、
他の曳山7台が自作、9台が人形師「広目屋」の作品です。

お祭りに訪れて、この人形を見比べるのも、
「角館のお祭り」の楽しみ方の一つです。
皆様をお待ちいたしております。