角館町観光協会
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2006年12月31日

▼ 「雪だるま」に願いをこめて

6.12.30.yukidaruma.jpg
(外町 田町上丁 稲穂)

外町 田町上丁 稲穂の角の「雪だるま」で、
今年初めてで今年最後の雪だるまです。

子供の頃には雪が降ったら必ず雪だるまを作ったものですが、
この頃のこども達はなかなか作りません。
そこで角館の子供に成り代わって
「来る年に願いをこめ」この「雪だるま」を作りました。

角館がますます魅力的なところになるように!
この角館紀行を見ている人たちの無病息災を!
まだ角館に訪れたことの無い方が来れる様に!
日本の平和に!
と祈願しました

3月16日からはじめたこの角館紀行、
皆様には大変お世話になりありがとうございました。
新しい年も皆様に角館の新しい発見、魅力を、
お伝えするように勤めたいと考えております。
2007年も宜しくお願い申し上げます。

投稿者 角館町観光協会 : 09:38 | コメント (1)

2006年12月30日

▼ 小口の細工

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(外町 上新町 坂本家)

外町 上新町 坂本家の瓦です。

約100年前に下屋根の瓦を葺き替えたそうで、
今でも雪国では瓦葺が少ないのですが、
当時は今以上に瓦屋根を造る事が大変に珍しいことだったと思います
その時に使った瓦が、釉薬(うわぐすり)を塗る事によって、
雪に強いと言われている「能登瓦」で、
わざわざ取り寄せて使用したそうです。
その後の修理のことも考え、瓦を100年間保存しているようで、
現在もその瓦で修理をしているそうです。

その下屋根の継ぎ目の小口(こぐち)に、
写真のような瓦を細工しております。
昔の建物は見えないところにも、
巧みの技を費やし美しさを主張しております。

地域が豊かで勤勉で知識が無ければ、
なかなかできるものではありません。

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先日戴いたコメントへの返信

やっちゃん様

こちらこそ大変にお世話になりました。
やっちゃん様のコメントのお陰で、いくら励まされたか分かりません。
感謝申し上げます。
角館の魅力を様々な面から皆様にお伝えできればと思い
続けてきましたが、伝えるはずの自分が日々新しい魅力の発見で、
角館の奥深さを知ることが出来ました。
更にはやっちゃん様のような熱烈な角館ファンが居ることにも
気が付くことが出来ました。
 「心が和む」
町に適した魅力を発信し続けるように努力したいと思います。
来る年も宜しくお願いいたします。

投稿者 角館町観光協会 : 09:05 | コメント (0)

2006年12月29日

▼ 二階の建具

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(内町 東勝楽丁 河原田家)

内町 東勝楽丁 河原田家の座敷二階の景色です。

河原田家は会津時代から芦名家譜代の家臣で、
河原田縫殿之介の時に芦名義勝とともに角館に下り、
芦名氏のもとで150石を拝領して番頭と寺社奉行を兼ねていたそうです。
150石の内、長男・長右衛門に100石、
次男・平右衛門に50石を与えて本家と分家とし、
本家は東勝楽丁の東側、分家は表町下丁東側に居を構えたそうです。

芦名家時代の系図が消失した為、分かるところから数えて19代目、
現在の当主は「川原田次朗(かわらだ ひであき)」様です。
この二階は大正時代に新しく増築したもので、
建具なども江戸風に大正時代の様式を加えて作ったそうです。

投稿者 角館町観光協会 : 08:09 | コメント (1)

2006年12月28日

▼ 生醤油

6.12.24.andou1.jpg
(外町 下新町 安藤家)
外町 下新町 安藤家 玄関の看板です。
 
安藤家の創業は分かるところで嘉永6年(1853年)からだそうです。
というのも過去に4回もの火災に遭い、
特に明治15年の大火ではほとんどの帳簿類を
消失してしまい、唯一残っているのが
焼き逃れた味噌桶の下に書いてあった
「嘉永6年」という文字だったそうです。
そこで、分かるところで1853年ということですが、
間違いなくそれ以前にも営んでいたと思われます。

今までの火災を教訓に明治15年以後立てた座敷蔵を
火災に強いといわれたレンガ蔵にしたそうです。

「生醤油」の看板は、
安藤家では、1853年以降に常陸の国に醤油の作り方の勉強に行っており、
その頃からの看板かもしれないとの事です。
往時麦が取れないこの地方では醤油がなく、
味噌のたまり(味噌の桶にたまった上澄み)
が醤油の代わりだったといいます。
その後醤油が角館で作られるようになりますが、
貴重品で人寄せのときにしか出さない調味料だったそうです。
購入方法でも大切にされていたことが分かるのですが、
初めの頃、醤油ダルで、後に醤油徳利になり、
その入れ物を持って安藤家に訪れ、
買った醤油は各家で大事に保管されていたそうです。

醤油がそれほど大切なものであったとは
今の私達には想像もできませんね。

投稿者 角館町観光協会 : 07:34 | コメント (0)

2006年12月27日

▼ 雪の滑り止め

6.12.22.iwahasi.jpg
(内町 東勝楽丁 岩橋家)

内町 東勝楽丁 岩橋家の滑り止めです。

岩橋家は前回紹介したように、
今秋大屋根の木羽葺(こばぶき)を葺き替えたため
雪が滑りやすくなっております。
この滑り止めは、
見学者(冬語りなど)への落雪防止のために、
歴史案内人の皆様が考案されたとの事です。

岩橋家の現状を維持しながら
雪が走らない事を目的に、
更に雪を降ろすときにも安全に出来るように、
双方からバランスよく降ろすように考えたそうです。

現在でこそ雪の滑り止めが鉄になりましたが、
外町坂本家では今でもそうですが、
少し前までは屋根に長木を乗せて滑り止めにしていました。
そのことを思うと、昔もこの様な細工が行われていたかもしれませんね。

投稿者 角館町観光協会 : 09:02 | コメント (0)

2006年12月26日

▼ 原風景 5

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(外町 名勝桧木内川桜堤 落合付近)

外町 名勝桧木内川桜堤 落合付近の原風景です。
まだまだ雪が足りませんが、
久しぶりに青空がのぞき「雪の白」「空の青」が
きれいな景色になりました。
吸い込まれてしまいそうな風景で、
いつも感じることですが、
タイムトンネルの入り口に立ったような感じになります。

田町山の雪景色もご紹介します。
樅の木に積った雪がお日様に照らされ、
きらきら輝いて見えます。

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田町武家屋敷ホテルの隣の田町山)

投稿者 角館町観光協会 : 07:35 | コメント (0)

2006年12月25日

▼ かぁ〜う

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(外町 上新町 坂本家)

外町 上新町 坂本家 店蔵です。

現在86歳、まだまだ矍鑠としている
着物を着た素敵なお婆ちゃんが店主で、
昔からの薬店だけあって大正、昭和初期の
薬剤の看板がたくさん飾ってあります。
店中央の勘定台、その前の木の座り台にも
薬の文字が彫られており、
中に入るとタイムスリップして、
大正時代に迷い込んだような錯覚に陥ります。

子供の頃、今のように「ごめん下さい」ではなく
「かぁ〜う」と言って店に入ったもので、
坂本薬店に入った瞬間「かぁ〜う」と言いそうになりました。

時代を見続けてきた坂本家のお婆ちゃん、
いつまでも元気で戴ける事が
角館の財産です。

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投稿者 角館町観光協会 : 08:17 | コメント (0)

2006年12月24日

▼ お稲荷さん

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(内町 東勝楽丁 岩橋家)

内町 東勝楽丁 岩橋家のお稲荷さんです。

稲が生えた場所から「稲生り(いねなり)」が転じて「イナリ」となり
「稲荷」の字が付けられたと言われているようで、
平安時代に真言密教における「荼枳尼天(だきにてん)」に稲荷神を習合させ、
真言宗が全国に布教されるとともに稲荷信仰が全国に
広まることとなったそうです。

角館でも芦名家の時代より武士の守り神として、
各家に祠を建て奉ったようで、
約8割の武家屋敷にお稲荷さんがあります。
2割は「八幡さん」だそうで、
青柳家のように「お稲荷さん」「八幡さん」「春日さん」の
三つの神様を奉っているところもあります。

何百年にも亘り信仰されてきた大切なものを、
このごろ忘れかけているところが多く、
次の世代にも残していかなければいけませんね。

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(青柳家の祠)

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先日戴いたコメントへの返信

PERM様

コメントありがとうございます。
確かに雪が無いと何か物足りないのは、
私だけではなかったようですね。
冬がまだ来ていない気がします。
昨年のように余り多いのは困りものですが、
少しは白く覆われた方が冬気分ですね。

投稿者 角館町観光協会 : 09:38 | コメント (0)

2006年12月23日

▼ 角館製糸工場

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(外町 田町下丁 太田家)

外町 田町下丁 太田家の角館製糸工場です。

明治45年建設された工場で、梁部分をその当時まだ珍しい
洋式の建築方法「クィーンポスト技法」で作り、
屋根の上に更に「高窓」を付ける「越し屋根」を持つ木造平屋建てです。
建物の大きさは、
桁行(けたゆき)18間(32、7メートル)
梁間(はりかん) 4間(7、3メートル)
72坪(240㎡)
有り文化庁の指定の建物です。
当時は裏の玄関からすぐに在りましたが、
道路を作るので現在の場所に移動したそうです。
隣の大きな建物には蔵が二つ入っており
上部分には「繭だな」があり、絹糸を作り、
この工場で絹を生産していたと思われます。


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投稿者 角館町観光協会 : 09:38 | コメント (0)

2006年12月22日

▼ 新潮文庫の初版本

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(外町 田町上丁 新潮社記念文学館)

外町 田町上丁 文学館の壁のオブジェです。

10月8日の「石川達三の母「うん」」でも紹介しましたが、
この文学館の由来である新潮社の創設者「佐藤義亮」は
外町 岩瀬町の生まれです。
文学を志し角館から東京に出て文学雑誌の「新潮社」を立ち上げました。

オブジェは新版「新潮文庫」の第一号として昭和22年7月16日に
発刊された表紙を再現したものです。
川端康成の雪国をモチーフにデザインされ、
デザインは「川端龍子(かわばたりゅうし)明治8年 和歌山県生まれ
     日本画家 「ホトトギス」同人の俳人 文化勲章受章」
が担当して製作されたようですが、
当時は葡萄のマークではなく、葡萄の実とツル、葉っぱ
で全体的に描かれていたそうです。

文学館の中で本物を見ることが出来ますので、
皆様、是非文学館に訪れ、
明治時代より繰り広げられた
角館人の文学の軌跡をお楽しみください。

投稿者 角館町観光協会 : 08:34 | コメント (1)

2006年12月21日

▼ 雨押え(あまおさえ)

6.12.14.oota1.jpg
(外町 下新町 太田家)

外町 下新町 太田家の「雨押え」です。

下屋根(したやね)から二階部分の付け根に写真のような「雨押え(あまおさえ)」が付いていて、
これは漆喰(しっくい)を雨や雪から守る為にあるそうです。
最初から施工さえているのが「腰袴(こしばかま)」と言う
「ささらご下見板張(したみばり)」ですが、
このような造りは「雨仕舞い(あまじまい)」か「雨押え(あまおさえ)」
と言っているようです。

昔の建物は漆喰などを含め巧みの技を駆使して、
造るばかりではなく守ることにも対応した細工を施し、
見た目にも美しく造っていますね!

投稿者 角館町観光協会 : 10:25 | コメント (0)

2006年12月20日

▼ 魔よけ

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(外町 田町上丁 西宮家)

外町 田町上丁 西宮家のヤツデです。

ヤツデの花が今満開です 。
ヤツデは八つに葉が分かれていると思われがちですが、
実際には7裂または9裂するものが多く、
「八」は”数が多い”という意味で名前が付いたそうです。
また別名「天狗の羽団扇」(てんぐのはうちわ)とも言われ、
それは大きい葉っぱが魔物を追い払う力があるからだそうです。

庭木として玄関先に植えてあることが多いのは魔よけの為でしょうか?

投稿者 角館町観光協会 : 08:36 | コメント (0)

2006年12月19日

▼ 静かな朝

6.12.19.dennsyo.jpg
(内町 表町下丁 伝承館)

内町 表町下丁 伝承館の雪景色です。
昨日の夜から雪が降り始め、
10センチぐらい積もり、
又モノトーンの静寂な雪の朝になりました。

雪が降った朝は、雪が音を吸収してしまうために
とても静かな朝になります。
子供の頃朝起きて回りが静かだと、
うれしくて慌てて外を見たものです。
雪が積もっているとワクワクしてきて、
その瞬間から今日は何で遊んだらいいか迷い、
早く着替え、ご飯を食べ、学校へ向う準備をして、
外に出ることが今一番肝心な事に気が付きます。
外に出たら学校に行くことも忘れ
雪遊びをしたものです。

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6.12.19.kawarada1.jpg

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先日戴いたコメントへの返信

もちっ子様

コメントありがとうございます。
雪囲いはほとんどの家が専門家に任せて
行います。
やり方は隣の家との関係、庭の状態によって、
または囲いをする人間によって若干変わります。
雪の量が多く、雪質が重いために、
金沢のような「雪つり」は少ないようです。

投稿者 角館町観光協会 : 10:27 | コメント (0)

2006年12月18日

▼ 目印

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(内町 表町下丁 青柳家)

内町 表町下丁 青柳家 消火栓の目印の赤い旗です。

横の松のコケの部分に「ヤマガラ」がえさ獲りをしているのが見え、
人間ばかりではなく野鳥も冬への準備をしています。
武家屋敷では雪が降っても分かるように、
消火栓には必ず赤い旗を立てて、
緊急時にすぐに対応できようにしております。

雪国では雪の下になっても分かるように、
竹のポールを立てたり、道路の反射塔を高くしたり、
このように旗を立てたりして雪対策をしております。
特に道路は一面真っ白になると道路と側面の区別が出来なくなるので
反射塔か竹の棒がなければ困ります。

このような雪国ならではの生活様式を
見るのも雪国の楽しみ方です。

投稿者 角館町観光協会 : 09:32 | コメント (0)

2006年12月17日

▼ 渋柿

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(外町 岩瀬町 西宮家)

外町 岩瀬町 西宮家の渋柿です。
武家屋敷には必ずと言って良いほど「柿」「栗」があり、
本草学もさることながら、自家消費の為に植えております。
特に柿は秋から冬のご馳走で
「干し柿」「さわし柿」「湯さわし柿」「塩ざわし柿」「柿漬けがっこ」
として使用されました。

「干し柿」 は渋柿の皮をむき付け根の部分に藁を結び
     風とうしの良い軒下などに干して造ります。

「さわし柿」 は渋柿のヘッタに焼酎をつけ密閉した袋に入れさわし、
     2週間ぐらいすると渋が抜け甘い柿として食べることが出来ます。

「湯さわし柿」は桶に柿を入れてお湯をいれ藁で回りを囲み
     保温して5日ぐらいで食べます。

「塩ざわし柿」 は樽に柿を入れ塩をかけ重石をしておきます。
     自然に渋が抜け水分も出て漬物のようになります。約一ヶ月
     寒くなって表面に氷が付いた頃、その氷を割って凍った熟し柿を取り出し
     「柿のアイス」のように食べました。

「柿漬けがっこ」 は大根を渋柿と塩だけで漬ける漬物です。
     12月のはじめに大根をつぶした渋柿と塩で漬け、重石をして3週間以上おきます。
     水が上がりそれから1週間で食べることが出来ますが、
     美味しい食べごろは翌年の1月中旬から2月中旬にかけてで、
     渋柿から出た甘みが大根に浸み込み極上の旨みの「柿漬けがっこ」ができます。

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先日戴いたコメントへの返信

観光人様

いつもコメントありがとうございます。
「雪囲いをメルヘンテックに感じる」
ここに住んでいる人間では
感じることが出来ないことです。
見方、見る人によって、
何気ない景色も貴重なものになる、
勉強になりました。
これからお客様にこのようなことを
参考に説明したいと思います。

投稿者 角館町観光協会 : 10:20 | コメント (0)

2006年12月16日

▼ 雪囲い

6.12.14.oota2.jpg
(外町 下新町 安藤家と田町下丁 太田家)

外町 下新町 安藤家と田町下丁 太田家の雪囲いです。

雪の重さに耐えるために雪囲いがピラミット型なっています。
植木が大きければ大きいほどこのピラミッドの形が大きくなり、
大田家田町側のオンコ(イチイ)の木は二階建ての家と同じ高さになっています。

11月21日の角館紀行「秋の終わりと冬の始まり」
で紹介したように「長木」で基本形を作り、
それに板を縄で絡むか、釘で打ち付けていきます。
雪は一箇所にまとまると数トンの重さにもなり、
昨年は豪雪のため、雪囲いがつぶれたり、
下屋が折れたり、蔵が部分的につぶされたりしました。

角館ではそうならない様に頑丈に雪囲いを施します。

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投稿者 角館町観光協会 : 07:16 | コメント (3)

2006年12月15日

▼ 美術館の緑色

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(内町 表町上丁 平福記念美術館)

内町 表町上丁 平福記念美術館の朝の色です。

回廊の壁の緑色が朝もやの初冬の景色を一段と幻想的にしています。
今日まで気が付きませんでしたが、
壁の緑色が一段と濃くなり、手前の見える「ユズリハ」の緑色と
素敵なコントラストを造っており、
その景色と秋田杉の板で斜めに丸く囲った雪囲い
が非常に面白い風景を造り上げていました。

これに白い雪が加われば正に雪景色の極みではないでしょうか。

投稿者 角館町観光協会 : 09:15 | コメント (0)

2006年12月14日

▼ 光りの蕾

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(内町 表町下丁 伝承館)

内町 表町下丁 伝承館前 しだれ桜です。

朝もやの中、しだれ桜の枝の先に付いた露がキラキラ光り、
「光りの花」の蕾を付けたかのように見えます。
今流行でどこでも行われている人工のイルミネーションの光りより、
自然の設えは心のおくまで暖かさを染み込ませてくれます。

投稿者 角館町観光協会 : 09:24 | コメント (0)

2006年12月13日

▼ ふみだら

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(内町 東勝楽丁 岩橋家)

内町 東勝楽丁 岩橋家の「ふみだら」です。

「ふみだわら」のことをこの辺では「ふみだら」と言ってきました。
昔、除雪用具がないころ、
家の前はこの「ふみだら」で踏みつけるしかありませんでした。
朝起きて玄関から道路まで人が通れる分だけ「ふみだら」で往復踏み固め、
その周りは「雪べら」(木で作った平らなへら)で寄せました。
家によってはこの朝の「ふみだら」での雪踏みの作業は
子供たちの仕事で、隣の家まで踏んで手伝うと
お菓子などのご褒美をもらうことが出来ました。

冬は子供達が様々な遊びを体験したり発見したりする季節であり、
その遊ぶことにより雪の楽しさ、怖さ、危険な事を覚え、
そのことを基本に、大人たちと共に仕事を手伝ったり、覚えたりして、
大人(実質的な大人)に成るための登竜門の季節でもありました。

楽しい時代でした。

投稿者 角館町観光協会 : 07:53 | コメント (0)

2006年12月12日

▼ 枝垂桜へご褒美

6.12.1.sidaare.jpg
(内町 表町下丁 石黒家前)

内町 表町下丁 石黒家前の枝垂桜の土壌改良です。

枝垂桜の根の部分の土を掘り、
根が上手く伸びるように管を埋め、
酸素がいきわたるように通気口を付けます。
300年以上私達を楽しませてくれた枝垂桜に
ささやかなご褒美を与えるかのように数箇所の枝垂桜に
この作業をしております。

守ると言うことは今のまま黙っている事では無く
常に前向きに行動をすることが守ることであると思います。
400年の歴史に感謝し、その伝統を未来に繋げる事が
ここに住む私達の義務であり、
この繋げる努力がここを訪れた人々に
感動を与える事だと信じ頑張ります。


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先日戴いたコメントの返信

もちっ子様

ご返事ありがとうございます。
更にお答えすると、
「なめらっこ」とは「しゃがじ」(昔は洗剤として物を洗うときに使ったと言われる種です)
と言う木の種と雪を混ぜ、へらで煉るとクリーム状の雪ができ、
その雪を「まんま(ご飯)」に見立てて食べたふりをしたりして遊ぶ事です。

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(「しゃかじ」の写真 稲穂にて)

投稿者 角館町観光協会 : 08:39 | コメント (0)

2006年12月11日

▼ 蔵扉守り 2

6.12.7.andou bunnko.jpg
(外町 下新町 安藤家)

外町 下新町 安藤家 文庫蔵です。

昨日紹介した蔵扉を守る柵の鍵、
本日は安藤家 文庫蔵東側の扉
西宮家 米蔵東側の扉を紹介します。

安藤家は扇子のような形で、
西宮家は結び紐のような形です。
昔の人たちは何気ないところに
巧みの技、粋な設えをして楽しんでおり、
それに比べ、
現代の目立つところだけ豪華、
雅らかにする生活とは違いますね。

6.12.7.nisinomiya kome.jpg

投稿者 角館町観光協会 : 07:44 | コメント (0)

2006年12月10日

▼ 蔵扉守り 1

6.12.7.nisino bunnko hidari.jpg
(外町 田町上丁 西宮家)

外町 田町上丁 西宮家 文庫蔵 扉を囲う柵です。

角館の蔵は内蔵が多く、蔵前が廊下や通路であったりする為に、
扉が傷つかないように守る必要があり、
そのためにその扉を囲う柵を付けています。
更にその柵が内側に倒れてこないように
扉の手に鍵の様に留める細工をしております。
その細工がまた、各家や各蔵よって違い、
興味深いものです。

本日紹介する初めの写真は西宮家 文庫蔵の向って左側
二枚目は文庫蔵の向って右側のものです。
はさみの様なものですが左右形が違います。
面白いですね!


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投稿者 角館町観光協会 : 07:50 | コメント (0)

2006年12月 9日

▼ 普遍の旋律

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(内町 東勝楽丁 通り)

内町 東勝楽丁 通りの黒塀です。

縦張りの塀ですが伝承館側見ると各家ごとに
微妙に高さが違いだんだん低くなっていってるように見えます。
高さは違いますが、隣同士上手く組み合わせて塀が続き、
400年間の人の営み、隣との関係がこれからも
永遠に続いていく普遍の旋律のように見えます。

投稿者 角館町観光協会 : 08:26 | コメント (0)

2006年12月 8日

▼ たろんぺ

6.12.7.isiguro.jpg
(内町 表町下丁 石黒家)

内町 表町下丁 石黒家の「たろんぺ」です

「つらら」のことを「たろんぺ」と言っており、
子供のころ学校に行くとき軒先に下がった「たろんぺ」
をとり誰のが一番大きいか競争をしたり、
チャンバラ(かたな)ごっこをしたり、
親に怒られましたがアイスキャンデーのつもりで食べたりしました。

ところでこの「タロンペ」茅葺屋根に出来るのは良くないことで、
その部分の萱が悪くなってきていることらしく
雪解けに「たろんぺ」と共に萱が抜け落ちる前兆だそうです。

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先日戴いたコメントへの返信

もちっ子様

コメントありがとうございます。
もちっ子様から初めてのコメントですね。
いつも見て戴きありがとうございます。

「たろんぺ」は今日の「つらら」で、
「テカリコ」とは小さな雪の山を足で何回も滑らせて
テカテカに光るまで固めて滑って遊ぶことです。
「かだゆぎっこ」「竹スキー」「なめらっこ」「雪がっせん」
「けっちぞり」「雪のトンネル作り」「かまくら作り」
学校が終わるとこの遊びに夢中でした。
今は雪で遊ぶ子供を捜すのが大変です。

投稿者 角館町観光協会 : 08:55 | コメント (1)

2006年12月 7日

▼ 「つり花」

6.12.6.turibana.jpg
内町 東勝楽丁 柴田家)

内町 東勝楽丁 柴田家の「つり花」です

以前ご紹介した「つり花」が葉っぱも落ち、
ピンク色の花だけが残っていました。
雪が降るころには、花は当然のごとく落ちているものと思っていたところ、
前に紹介した「かさかさ花」と同じように、
生きたまま木に付いてドライフラワーになったように残っています。

融け残った雪景色に、ピンク色の「つり花」が妙に目に留まり、
この時期、このような花が残っている発見に
わくわくする様な嬉しさを感じました。

相変わらず角館は興味深いところですね!

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先日戴いたコメントへの返信

観光人様

コメントありがとうございます。
更には朝のお気遣いまで戴き感謝いたします。
確かに次の代まで繋げる努力をしなければ
これからも角館を守っていくことが出来ないと思います。
次の代に伝統を引き継ぐことが自分達の地域を守ること、
積極的に攻めてこそ守ることが出来る事を肝に銘じて、
努力をしていきたいと思います。

やっちゃん様

コメントありがとうございます。
さすがすごいですね。
午後から夜そして朝7時から昼、
これほど長い時間滞在していただき嬉しい限りです。
新雪にねっころがる!いいですね。
子供のころ雪が降るのが待ちどうしくて、
ねっころがったり、雪だるまを作ったり、テカリコを作ったり
タロンペで遊んだり、冬は楽しいことばかりだったことを思い出します。
本当にいつもコメントを戴きブログを続ける励みになり感謝しております。

投稿者 角館町観光協会 : 09:35 | コメント (1)

2006年12月 6日

▼ 冬語り

6.12.6.iwahasi.jpg
(内町 東勝楽丁 岩橋家)

内町 東勝楽丁 岩橋家です。

雪が溶けてきて昨日までとは
ぜんぜん違う景色になりました。
上屋根の雪が溶け下屋根に落ちて、
下屋のところに丸くなって雪のトンネルが出来ています。

この岩橋家で毎週金、土、日曜と歴史案内人による
冬語り」が行われております。
囲炉裏を囲みながら、
雪国の生活や歴史を秋田弁を混ぜ
面白く話をしてくれます。

投稿者 角館町観光協会 : 14:24 | コメント (0)

2006年12月 5日

▼ 雪国の頼もしさ

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(内町 東勝楽丁 岩橋家)

内町 東勝楽丁 岩橋家の雪景色です
今日も寒くまだ雪が残っています。
岩橋家にある柏木が来春の新芽の為に
一生懸命に葉を落とさないように頑張っております。

以前にも紹介しましたが柏は「祝い木(いわいぼく)」で、
新芽を出すまで葉を付けておく事で
世代交代が上手く良き、家を末永く守っていくことが出来ることを意味し、
御めでたい樹木として植えられているそうです。

この光景が、寒さに耐え雪にもまけず一生懸命に生きていく雪国の人々
のように見え、頼もしくさえ感じます。


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投稿者 角館町観光協会 : 09:40 | コメント (2)

2006年12月 4日

▼ 冬景色

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(内町 表町下丁 石黒家前)

内町 表町下丁 石黒家前の雪景色です。

一昨日から降った雪が今朝はこれだけ積もり、
一面の雪景色になりました。
これから冬に向かい塀の黒と雪の白のコントラストが
素敵な景色になります。

足もとが気になる方には、
角館町観光協会「駅前蔵案内所」で
無料で長靴を貸し出しております。
その他冬のことでお聞きしたいことは
お電話ください。
0187-54-2700


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投稿者 角館町観光協会 : 09:51 | コメント (0)

2006年12月 3日

▼ 駒寄せ

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(外町 下新町 安藤家)

外町 下新町 安藤家の駒寄せ。

東北最古のレンガ造りの蔵一階と二階の中間にある
レンガの波模様の飾り、駒寄せが面白いですね。
槍のように尖がった駒寄せは侵入者を防ぐ意味もあるのでしょうか?

駒寄せとは私有地を表す境界を意味し、立ち入りを防ぐ為に配置された柵や格子の事を言い、
犬矢来も同じ意味合いを持ち、泥や汚れを防ぐためや、犬や馬を寄せ付けないように
竹や丸太で組んだ物をいいます。
竹で作ったこの駒寄せ、写真のように飾りとして使っている店もあります。

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外町 田町上丁 稲穂

投稿者 角館町観光協会 : 07:04

2006年12月 2日

▼ 早くも「雪桜」

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(内町 表町下丁 伝承館前)

内町 表町下丁 伝承館前の雪景色です。

今朝は写真のように初雪(はつゆき)で、少しだけしか積もっていなかったのに、
午後4時30分このような「雪桜(ゆきざくら)」になりました。
枝垂桜の枝にまるで桜が咲いたように雪が付くことを
「雪桜」と呼んでいます。
前にもお話した桜は4回咲く、冬に咲く「雪桜」がこの景色です。

初雪のきれいな「雪桜」
一回しか見れないこの景色を是非皆様にお見せしたい、
と思い写真を撮ってきました。
「根雪(ねゆき)」には成らないでまた解けるとは思いますが、
明日までは結構積もりそうです。


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(今朝の青柳家))


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(今朝の石黒家)

投稿者 角館町観光協会 : 17:05 | コメント (0)

2006年12月 1日

▼ 文教の地の由縁

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(内町 東勝楽丁 伝承館前)

内町 東勝楽丁 伝承館前の友好記念碑です。

眞壁家が1602年に国替えとなり茨城から角館に住み着いた事を縁に、
茨城県桜川市の眞壁ライオンズクラブと角館ライオンズクラブが友好を深めるため、
この記念碑を建てました。

江戸後期に秋田市に移るまでの約200年間
角館の東勝楽丁に2箇所 小人町に一箇所に居を構えました。
その後東勝楽丁の眞壁家二軒分の間口約三十間、奥行き約二十間の跡地に
郷校「弘道書院(こうどうしょいん)」という学問所が建てられ、
明治7年には町立角館小学校へと変わっていきます。

眞壁氏から引き継がれた学問の礎が郷校、小学校と伝承され
文教の地としての角館を築き上げてきたのです。

「弘道書院」の前に寺子屋的私学所

1 表町下丁に畑駒岳(はた くがく)による「致道館(ちどうかん)」
2 田町上丁に糸井伊兵衛(いとい いへい)による「朋来堂(ほうらいどう)」
3 小人町に平沢三郎右衛門(ひらさわ さぶろうえもん)による「麗沢館(りたくかん)」

が藩校(秋田市)より先駆けて建てられたことが
他の地域よりも学問に対する向上心が強かった証であり、
その学問を支える地域の豊かさの証であると思います。

投稿者 角館町観光協会 : 10:37 | コメント (0)

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