(たてつ家)

(中の様子)

(古今雛と押絵)
(押絵 なんと素敵な色でしょうか)

(松本家)

(松本家)
五井家から中町を南に200メートル来ると、
「樺細工センター」の看板があります。
そこが「たてつ家」で、
屋号が「田鉄」姓は「田口」と言う事で、
通称「たてつさん」と呼んできました。
「田口家」は、
1603年に「佐竹家」の国替えと共に、
常陸の国から角館に来たと云われております。
当初は「田口清兵衛(せえべい)」として
何代か過ごしすますが、
1800年(寛政11年)に生まれた
男子「田口儀兵衛(ぎへい)」が分家して、
1820年ごろ現在の場所に初代「田口鉄蔵(てつぞう)」
として商売を始めたそうです。
現在初代「田口鉄蔵」から数えて7代目の
「田口宗良」が「田鉄家」の当主を継いでいます。
1603年から数えると十数代にも及び
旧家を守り、
常に繁栄してきたからこそ、
素敵なお雛様が伝わってきたのでしょう。
(五井家入口左側にある角館押絵教室の作品)

(五井家入口左側にある角館押絵教室の作品)
(角館押絵の男雛女雛)
('角館押絵の五人囃子)

(紙皿とリンゴは五井家に伝わるもの 手前の桜餅は増田昌子作)

(紙皿と御殿毬は五井家に伝わるもの 吊るし雛は増田昌子作)
平賀源内と小田野直武が
初めて出会った場所「五井家」では、
「角館押絵教室」の作品が展示されています。
中町たてつけ向かいにある店「さんさん」
の女将さん「増田昌子様」が、
昨年から押絵を復活させようと、
「角館きがた」「いしばし民芸」「山田美智雄」
の皆様の協力の下、
「角館押絵倶楽部」を立ち上げました。
増田様が下ごしらえをして、
生徒がそれを張り付けて作品を作る
という作業工程ですが、
なかなか難しい作業だそうです。
その生徒さんの昨年と今年の作品が、
五井家の玄関左側に展示しております。
昨年は人形師の「石橋様」「佐藤様」「山田様」
にお願いして顔を書いて頂きましたが、
今年は「増田昌子様」が書いたり、
生徒本人が書いたりしたそうです。
この顔を見るのも大変に面白いもので、
同じ天神様でも、
書く人によって印象が大きく違います。
「増田昌子様」には、
今後も活動を広めて頂き、
沢山の角館押絵を作ってもらい、
100年後の人々に、
素敵な押絵と言われるようになると、
これほど素敵なことはありません。
100年後には私たちは居ませんが、
楽しみな事が増えましたね。

(五井家 入口)
(店の中)

(押絵の雛段)

(八橋人形)

(八橋人形 男雛女雛)

(竹田人形のような面白い人形です)
伝承館の次には河原田家のお雛様ですが、
写真をまだ撮っていない為に、
その次の五井家を紹介します。
1620年(元和6年)芦名家が角館の城下を造り、
2011年平成23年の今まで、
外町の同じ場所に居を構え、
同じ名前で代々商いを続けているのは、
「五井家」だけと云われております。
名前が続いて来たということは、
商人でありながら名前が許されていた事で、
御用商人であり、
更には名字帯刀が許されていた
特殊な家柄だった事が窺えます。
そのような関係からか、
1773年(安永2年)に平賀源内が
阿仁銅山を調査に来たとき、
角館が輩出した天才画家「小田野直武」
との初めての出会いは、
この商家「五井家」だったと云われています。
才覚を認められた小田野直武は、
その後江戸に出て杉田玄白らと
日本初めての西洋医学書「ターヘルアナトミア」
の翻訳に関わり、
人体解剖図の挿絵を書く事になります。
もし五井家での歴史的な出会いが無ければ、
若き天才の初めての挑戦は、
実現しなかったかもしれません。
238年前に、
平賀源内と小田野直武の出会いがあった場所で、
お雛様を見ていると、
歴史の延長線上に自分の存在を感じ、
一期一会の面白さを思い、
感慨深くなるのは私だけでしょうか。


(木製の展示様 右大臣左大臣 狛犬)

(木製の天神様)

(八橋人形)

(八橋人形)

(竹田人形)

(雛遊び道具)
(武村文海の天神様)
(西宮礼和の天神様)
先日の続きで伝承館の雛飾りです。
先日紹介した他にも、
「木製天神様」「木製狛犬」「竹田人形」
「八橋人形」「中山人形」などがあり、
他の地域では、
一般的にはお雛様とは縁遠い人形も
角館の雛飾りでは飾るのが当たり前になっています。
更に角館が輩出した日本画家の掛け軸
「竹村篁邨(たけむらこうそん)」と
「西宮礼和(にしのみやれいわ)」の天神さんも、
展示しております。
「武村文海」は、
昨年伝承館で45年ぶりに特別公開した、
「紫宸殿飾り(ししんでんかざり)」の作者で、
江戸後期に角館で本格的に
日本画を志す画家の集まり「角館四条派」の祖として、
平福穂庵などに手ほどきした人でもあります。
「西宮礼和」は平福穂庵に手ほどきを受け、
安藤家の蔵座敷の襖には、
独特の技法で描かれた絵が表現されています。
武士から町人まで、
様々な形で、様々な人形を、
飾り続けてきた角館の歴史を楽しんで下さい。
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先日頂いたコメントへの返信
おサツ様
コメントありがとうございました。
『何が好きといってお雛様くらい
好きなものはない私ですので、
この数日のお雛様のご紹介は
本当に嬉しい連続です!
特に古いものに興味が深く、
享保雛のお顔だち、色彩、品格には
思わず無言になってしまいます。
佐竹北家の所持品が角館で
「なま」で拝見できるのですね。
それに押し絵雛は美しく独特ですね。
何が何でも腰を治して来年こそは!
と焦ります。
八橋人形も大の大好きで、
ぜひ買い求めたいのです!!
(この数日腰が悪く、
パソコンが出来ませんでした。
遅くにすみません)』
享保雛も素敵ですし、
古今雛も素敵、
更には押絵も素敵、
八橋人形も素敵、
と言うと、
全部が素敵となってしまいますね
顔立ちがそれそれ違って、
どれがどれと言えない位に、
全てに違う魅力があります。
是非来年こそは、
お雛巡りに参加してください。
今年は角館紀行で
我慢して下さい。

(伝承館南側薬医門 手前が国指定天然記念物 シダレザクラ64番木)
(伝統工芸士の実演)
(錦絵を背景にした押絵飾り)
(錦絵を背景にした押絵飾り)

(一番大きな享保雛)

(佐竹北家の享保雛)
角館雛巡り三ヶ所目の場所は
「角館樺細工伝承館」通称「伝承館」です。
伝承館奥の二階「企画展示室」に
所狭しと角館のお雛様が飾られています。
錦絵を背景に垂らした押絵、
木製の天神様と右大臣左大臣、
八橋人形や中山人形の土人形、
享保雛と古今雛が、
角館らしい飾り方で並べられています。
同じ押絵でもそれぞれ顔の表情がが違い、
同じ天神様も顔つきや髭の流れが違い、
同じ土人形でも表情や形が違います。
威風堂々と存在感を出しているのは、
伝承館で一番大きな「享保雛(きょうほびな)」で、
250年以上は経つ人形と思われます。
小さな享保雛と五人囃子でも
文化年間の裏書があることから
220年が経っているそうです。
どちらの享保雛も
佐竹北家の所持品と言う事だそうで、
佐竹北家が一代当主が京都生まれ、
二代当主が京都からお嫁様を貰うという、
京都との繋がりの歴史から想像すると、
京都から取り寄せたのでしょうか。
そのような時代背景も考えながら見ていくと
一段と雛巡りが楽しく興味深くなります。



