
(寺澤孝太郎の描いた「弁慶」)

(角館押絵「鷺坂伴内(さぎざか ばんない)」 とても粋な顔です。)

(石黒家)

(岩橋家 寺澤家はこの裏手の方に住んでいたようです。菩提寺は報身寺です。)

(岩橋家表玄関)
伝承館には
「寺澤角太郎」と
「寺澤孝太郎」の作品があります。
明治期に樺細工が現代の生産体制を構築し、
角館の産業として礎を築いたのが長松谷商店でした。
その頃に活躍したのが
「経徳斐太郎(けいとくあやたろう)
「黒沢清太(くろさわせいた)」
更には「寺沢角太郎(てらさわかくたろう)
でした。
伝承館に常に展示されている馬の樺細工は
この角太郎の作品です。
角太郎の息子「孝太郎」は、
樺細工ではなく日本画をめざし、
角館が輩出した天才画家
「平福百穂」に師事し、
百穂に一番画風が似ていると云われた作家です。
今回伝承館の雛飾りのコーナーに
飾っている日本画は
寺澤孝太郎の作品です。
「矢の根」「弁慶」など
歌舞伎の場面の掛け軸は
とても素敵な作品です。
寺澤孝太郎の息子の「寺澤栄」は
判事をしながら「写真」の道に進まれ、
孝太郎の「孫」の「森田幸子」は
同じく日本画で活躍され、
この二人の作品は平福記念美術館に
寄贈されております。
文教の地である角館を発祥とする芸術は、
江戸を経て、明治・大正・昭和・平成と
確実に進化を続けており、
角館であったり、
他の地域であったりしますが、
間違いなくその足跡を残しながら
未来に進んでおります。

(いしばし民芸 シダレザクラ「43番木」「44番木」)

(枡形角 シダレザクラ「17番木」「18番木」)

(ソメイヨシノ 猟友会による鳥害駆除 ウソの被害から桜を守っています)

(国指定 名勝桧木内川桜堤から望む山)
角館は人口1万人そこそこの地域でありながら、
有形・無形を合わせて国の文化財指定が
6つもあります。
桜に関しては二つで
シダレザクラは「国の天然記念物」に
指定されており、
ソメイヨシノの桧木内川堤が「国の名勝」に
指定されております。
シダレザクラは162本が
国天然記念物の指定になっていて、
火除けから北側の内町に127本
火除けから南側の外町に35本
があります。
最古木が樹齢305年の55番木を筆頭に
ほとんどが樹齢200年前後の
シダレザクラです。
しかも指定されていない桜が
200本以上もあり、
この桜たちが満開になった時には
それはそれは日本一華麗なものです。
名勝指定は古城橋北側から、
内川橋まで1950メートルで、
その中に約416本のソメイヨシノ
8本のシダレザクラ、
4本のエドヒガンザクラがあります。
平成天皇誕生の記念に昭和9年に
植えられたもので、
樹齢が80年で、
ソメイヨシノとしては古木になります。
この桜も様々な手入れをしてきて
元気に花を付けております。
シダレザクラより少し遅れて咲きますが、
だいたい同時期に満開になり
その桜も満開時には
日本一素晴らしい姿になります。
4月下旬から5月上旬にかけて
満開になる桜たち、
その日本一素敵な姿を
見せるまで後2か月です。
桜と共に梅・木蓮・こぶし・水仙など
すべての花が咲き乱れ
角館は正しく百花繚乱と
云われる世界を作りだします。
訪れた皆様を満足させること
間違いありませんので、
是非皆様の行事予定に
入れておいてください。
お越しを心よりお待ち致しております。

(河原田家の歌舞伎人形)

(河原田家の古今雛)

(薬医門から外の景色)

(岩橋家向かい)

(青柳家薬医門はできましたが、出入りはまだ南門です)
河原田家の歌舞伎人形を
今年も見る事が出来ました。
明13年に平福百穂の母親から、
その年に生まれた
河原田家の子供の誕生記念に
送られた人形と裏書に記されております。
歌舞伎演目「積恋雪関扇
(つもるこいゆきのせきのと)」の
関兵衛と他二体の歌舞伎人形です。
当時はこのような貴重な人形の
贈答は珍しく、
一般的には「角館押絵」であったり、
土人形であったりが多かったようです。
それほど往時双方の家同士が
親密な付き合い方を
していたのではと思われます。
それにしても出産祝いに
この様な粋な贈り物の
やり取りをしていたとは、
とてもいい時代だったような気がします。
時間がもっとゆっくり流れて
いたのでしょう。
角館はそんな時間の流れが
積み重ねられた町です。
これからそんな場所でありたい、
個人的にも、
そんな心の時間を持つように努めたい
と思います。
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先日頂いたコメントへの返信
今道千穂子様
コメントありがとうございました。
『26日NHK「新日本風土記」で角館を観ました。
2003年9月に「ジパング」で
角館が紹介されその時は
駅長とボランティアの方が終日
私ども二人に寄り添って説明して頂きました。
あいにく花も紅葉も雪もない時期でしたが
お二人の親切が有り難く
人も少なくゆっくりできました。
夫がスケッチした絵を見ながら
今年は桜の時期に今一度
角館を訪れたいと思っています。
そして少しでも土地の製品を
記念に求めてと感じました。
角館が小京都として
いつまでもお客さんに愛される土地で
ありますように願っています。』
それはありがとうございます。
2003年にお越し頂けた事、
新日本風土記を見て頂けた事、
更にコメントを頂けた事に
本当に感謝申し上げます。
是非桜が咲き誇っている時期に
お越し下さい。
もっと角館を好きになるはずです。
又のお越しを
心よりお待ち致しております。
まだまだ寒い日が続きそうですが、
お身体には十分に注意され
お元気でお過ごし下さることを
ご祈念申し上げます。

(石黒家の南側の景色です)

(この母屋の按配も大好きです)

(この鏝絵も素敵です)

(安藤家の押絵)

(この犬、安藤家蔵座敷の襖に描かれている犬と似ているのでは?
それにしても押絵の顔の書き方が素敵です)
石黒家の南側の
青柳家との境目、
大好きな景色の一つです。
緑の時にも、紅葉の時にも、
そしてこのように雪の時にも、
好きでたまりません。
まるで小路を覗いたような狭さ加減、
手前の蔵と奥の蔵の違い、
設えの違いによる立体感、
無造作に置かれた冬囲いの長木、
樹木の間から見る加減、
人が一生懸命に活きている事を感じ、
タイムスリップしたような、
古い写真を覗きこんだような、
子供の頃にこんな所で遊んだような、
とても大好きな景色です。
私にとって、
景色に音楽を感じる、
生命の勢いを感じる、
見ていて元気を貰える景色です
武家屋敷の見方は個々様々ですが、
是非この景色も見てほしい、
そして、
心の目でいろいろな事を感じてほしい
時空の旅を楽しいんで欲しい、
その様に思って薦めてみました。
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先日頂いたコメントへの返信
おサツ様
コメントありがとうございました。
『とにかく惚れこんでやまぬ
青柳家の薬医門の修復が
完了したというご報告、
そして百聞は一見にしかず
の完成した「お姿」(と呼びたくなります)は
思わず「おお!」とため息が出ました。
木羽葺屋根の何という美しさ!
記者様が思わず相当の時間を
費やしてご覧になったというのを
実感します。
今この手を持った職人さんが
日本に何人おいでなのでしょう。
人間国宝にして差し上げたいです。
そして御門の裾の継ぎ目は、
まるで木目まで同じものを
探したような完成度で、
おそらくは釘を使わない
指物でしょうから
絹糸一本入らない程の継ぎ目は、
いつの日か新旧が一体化するのでは?
と思うほどですね。
日本人の職人技の最高峰を
見る思いでした。
心の満足度100%です!
是非対面に行かねばなりません!』
さすがおサツ様、
そこまで見てくれるとは、
報告冥利に尽きると云うもの、
感謝申し上げます。
でも久しぶりに見た時に
この存在の大切さを
つくづく感じました。
文化財を保存すると言う事の
大切さも学びました。
いまの使い捨ての時代に、
保存していくことは、
人間性を将来に向けて
正して行く事でもあります。
絶対に見に来て下さい。
楽しみにしております。

(新たに登場した青柳家薬医門)

(左側からの姿)

(右側からの姿)

(素敵な木羽葺屋根です)

(このラインが何とも言えない素晴らしさです)

(屋根裏の修復場所)

(修復の様子)

(天神様の角館押絵)

(広目屋さんの鵺退治(ぬえたいじ)の角館押絵)
青柳家薬医門の修復作業が終わり、
遂に薬医門の覆いが外され、
全容が表されました。
11月24日から三ヶ月かかって
やっとできあがりました。
やはりこの場所には、
青柳家の薬医門がなければ
締まりません。
凛とした姿で、
堂々と佇むその姿を見て
つくづく感じました。
全体も素敵ですが、
今日目に付いたのは
新しくなった木羽葺屋根の小口のラインで
まるで芸術品でも見ている様な線の流れで、
この部分を見ているだけで、
相当の時間を
過ごしてしまいました。
この次の全面修復は、
100年後?200年後?
その頃の世の中はどう変わろうと
青柳家薬医門の姿は変わらず、
ここに佇んでいる事と思います。
いや、佇んでいるのではなく、
この現状を守らなければならないのが
私たち日本人の義務でないかと
思います。
何故なら、
地方の文化財を守る事が
日本を守る事に繋がるからです。



